最高裁判決平成10年6月11日民集52巻4号1034頁

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最高裁判決平成10年6月11日民集52巻4号1034頁

(判例要旨)民集52巻4号1034頁
一 被相続人の全財産が相続人の一部の者に遺贈された場合において、遺留分減殺請求権を有する相続人が、遺贈の効力を争うことなく、遺産分割協議の申入れをしたときは、特段の事情のない限り、その申入れには遺留分減殺の意思表示が含まれていると解すべきである。
二 遺留分減殺請求の意思表示が記載された内容証明郵便が留置期間の経過により差出人に還付された場合において、受取人が、不在配達通知書の記載その他の事情から、その内容が遺留分減殺の意思表示又は少なくともこれを含む遺産分割協議の申入れであることを十分に推知することができ、また、受取人に受領の意思があれば、郵便物の受取方法を指定することによって、さしたる労力、困難を伴うことなく右内容証明郵便を受領することができたなど判示の事情の下においては、右遺留分減殺の意思表示は、社会通念上、受取人の了知可能な状態に置かれ、遅くとも留置期間が満了した時点で受取人に到達したものと認められる。

主文
 原判決を破棄する。
 本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人辰口公治、同小川征也、同岩下孝善の上告理由について

一 本件は、上告人らが被上告人に対し、遺留分減殺を原因として、第一審判決別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)の所有権及び共有持分の一部移転登記手続を求め、また、被上告人が上告人らに対し、本件不動産の所有権及び共有持分を有することの確認を求めた事案であり、上告人らが、減殺すべき遺贈があったことを知った時から一年の間に遺留分減殺の意思表示をしたか否かが争われているものである。
 原審の確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。

 1 宮本延子は、平成五年一一月一〇日に死亡した。延子の相続人は、実子である上告人ら及び同年三月一一日に延子と養子縁組をした被上告人である。

 2 延子は、昭和六三年七月二〇日付け公正証書遺言をもって、本件不動産の所有権及び共有持分を含む全財産を被上告人に遺贈していた。

 3 上告人らは、平成六年二月九日、延子の遺言執行者から右公正証書の写しの交付を受け、減殺すべき遺贈があったことを知った。

 4 上告人らの代理人である小川征也弁護士は、同年九月一四日、被上告人に対し、「貴殿のご意向に沿って分割協議をすることにいたしました。」と記載した同日付けの普通郵便(以下「本件普通郵便」という。)を送付し、被上告人は、そのころこれを受領した(なお、被上告人は、第一審において、本件普通郵便が遺産分割協議を申し入れる趣旨のものであることを認める陳述をしている。)。

 5 被上告人は、本件普通郵便を受領した後、相談のために平野隆弁護士を訪れ、遺留分減殺について説明を受けた。

 6 小川弁護士は、同年一〇月二八日、被上告人に対し、遺留分減殺の意思表示を記載した内容証明郵便(以下「本件内容証明郵便」という。)を発送したが、被上告人が不在のため配達されなかった。被上告人は、不在配達通知書の記載により、小川弁護士から書留郵便(本件内容証明郵便)が送付されたことを知ったが、仕事が多忙であるとして受領に赴かなかった。そのため、本件内容証明郵便は、留置期間の経過により小川弁護士に返送された。

 7 被上告人は、同年一一月七日、小川弁護士に対し、多忙のために右郵便物を受け取ることができないでいる旨及び遺産分割をするつもりはない旨を記載した書面を郵送しており、本件内容証明郵便の内容が本件遺産分割に関するものではないかと推測していた。

 8 小川弁護士は、平成七年三月一四日、被上告人に対し、上告人らの遺留分を認めるか否かを照会する同日付けの普通郵便を送付し、被上告人は、遅くとも同月一六日までにこれを受領したが、この時点では、既に平成六年二月一〇日から民法一〇四二条前段所定の一年の消滅時効期間が経過していた。なお、上告人らは、終始、前記遺贈の効力を争っていなかった。

二 上告理由一は、本件普通郵便による申入れが遺留分減殺の意思表示を包含するか否かの争点に関するものである。

 1 原審は、この点につき、被上告人は本件普通郵便を受け取る前に上告人らから遺留分減殺の意向を示されておらず、本件普通郵便の内容は、極めて簡単なものであって、上告人らが遺留分減殺請求権を行使することについては全く触れられていないから、遺留分減殺の意思表示を含むものとはいえないと判断した。

 2 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 (一) 遺産分割と遺留分減殺とは、その要件、効果を異にするから、遺産分割協議の申入れに、当然、遺留分減殺の意思表示が含まれているということはできない。しかし、被相続人の全財産が相続人の一部の者に遺贈された場合には、遺贈を受けなかった相続人が遺産の配分を求めるためには、法律上、遺留分減殺によるほかないのであるから、遺留分減殺請求権を有する相続人が、遺贈の効力を争うことなく、遺産分割協議の申入れをしたときは、特段の事情のない限り、その申入れには遺留分減殺の意思表示が含まれていると解するのが相当である。

 (二) これを本件について見るに、前記一の事実関係によれば、延子はその全財産を相続人の一人である被上告人に遺贈したものであるところ、上告人らは、右遺贈の効力を争っておらず、また、本件普通郵便は、遺留分減殺に直接触れるところはないが、少なくとも、上告人らが、遺産分割協議をする意思に基づき、その申入れをする趣旨のものであることは明らかである。そうすると、特段の事情の認められない本件においては、本件普通郵便による上告人らの遺産分割協議の申入れには、遺留分減殺の意思表示が含まれていると解するのが相当である。

 (三) 以上と異なる原審の判断には、遺留分減殺に関する意思表示の解釈を誤った違法があるといわざるを得ず、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点に関する論旨は、理由がある。

三 上告理由二は、本件内容証明郵便による遺留分減殺の意思表示が被上告人に到達したか否かの争点に関するものである。

 1 原審は、前記一の事実関係の下において、次のとおり判示して、右意思表示の到達を否定した。
 すなわち、本件普通郵便を受け取ったことによって、被上告人において、上告人らが遺留分に基づいて遺産分割協議をする意思を有していると予想することは困難であり、被上告人としては、小川弁護士から本件内容証明郵便が差し出されたことを知ったとしても、これを現実に受領していない以上、本件内容証明郵便に上告人らの遺留分減殺の意思表示が記載されていることを了知することができたとはいえない。そうすると、本件内容証明郵便が留置期間経過によって小川弁護士に返送されている以上、一般取引観念に照らし、右意思表示が被上告人の了知可能な状態ないし勢力範囲に置かれたということはできず、また、上告人らとしては、直接被上告人宅に出向いて遺留分減殺の意思表示をするなどの他の方法を採ることも可能であったというべきであり、上告人らの側として常識上なすべきことを終えたともいえない。さらに、被上告人において、正当な理由なく上告人らの遺留分減殺の意思表示の受領を拒絶したと認めるに足りる証拠もない。

 2 しかしながら、原審の右判断も是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 (一) 隔地者に対する意思表示は、相手方に到達することによってその効力を生ずるものであるところ(民法九七条一項)、右にいう「到達」とは、意思表示を記載した書面が相手方によって直接受領され、又は了知されることを要するものではなく、これが相手方の了知可能な状態に置かれることをもって足りるものと解される(最高裁昭和三三年(オ)第三一五号同三六年四月二〇日第一小法廷判決・民集一五巻四号七七四頁参照)。

 (二) ところで、本件当時における郵便実務の取扱いは、(1)内容証明郵便の受取人が不在で配達できなかった場合には、不在配達通知書を作成し、郵便受箱、郵便差入口その他適宜の箇所に差し入れる、(2)不在配達通知書には、郵便物の差出人名、配達日時、留置期限、郵便物の種類(普通、速達、現金書留、その他の書留等)等を記入する、(3)受取人としては、自ら郵便局に赴いて受領するほか、配達希望日、配達場所(自宅、近所、勤務先等)を指定するなど、郵便物の受取方法を選択し得る、(4)原則として、最初の配達の日から七日以内に配達も交付もできないものは、その期間経過後に差出人に還付する、というものであった(郵便規則七四条、九〇条、平成六年三月一四日郵郵業第一九号郵務局長通達「集配郵便局郵便取扱手続の制定について」別冊・集配郵便局郵便取扱手続二七二条参照)。

 (三) 前記一の事実関係によれば、被上告人は、不在配達通知書の記載により、小川弁護士から書留郵便(本件内容証明郵便)が送付されたことを知り(右(二)(2)参照)、その内容が本件遺産分割に関するものではないかと推測していたというのであり、さらに、この間弁護士を訪れて遺留分減殺について説明を受けていた等の事情が存することを考慮すると、被上告人としては、本件内容証明郵便の内容が遺留分減殺の意思表示又は少なくともこれを含む遺産分割協議の申入れであることを十分に推知することができたというべきである。また、被上告人は、本件当時、長期間の不在、その他郵便物を受領し得ない客観的状況にあったものではなく、その主張するように仕事で多忙であったとしても、受領の意思があれば、郵便物の受取方法を指定することによって(右(二)(3)参照)、さしたる労力、困難を伴うことなく本件内容証明郵便を受領することができたものということができる。そうすると、本件内容証明郵便の内容である遺留分減殺の意思表示は、社会通念上、被上告人の了知可能な状態に置かれ、遅くとも留置期間が満了した時点で被上告人に到達したものと認めるのが相当である。

 (四) 以上と異なる原審の判断には、意思表示の到達に関する法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点に関する論旨も、理由がある。

四 以上のとおり、原判決はいずれの点からしても破棄を免れず、上告人らが被上告人に対して遺留分減殺の意思表示をしたことを前提として改めて審理をさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。

 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

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